FPS が教えてくれたこと

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最後まで諦めない

ありきたりなことだけど猛者の人達はこれを本当に実感すると思う。 HP1でも残ってれば敵を倒せる可能性はあるわけだから最後まで戦う。猛者ほどこれを理解してるので諦めない。

逆に初心者ほどすぐ自分が不利になると諦めやすい。自分は初心者で弱いという認識があるので HP を減らされた時点でもう死んだと思ってすぐあきらめてしまう。プレイヤースキル的に実際に初心者なので仕方ない部分は多いが最後まで戦う気持ちを持ち死ぬまで諦めないだけで勝てるシーンも増えると思う。

なにより良いのは低いHPになって戦ってる瞬間の脳みそのフル稼働感半端ないしこれで勝ったら脳汁やばいし、単純にゲームとしてとても楽しめるからこのマインドは必須級。

限界を超える

プレイ中ゾーンに入ると今脳の反応速度限界だってなる時がある。 コントローラーと身体がリンクして脳の反応速度限界を感じるあの時間。絶対に勝ちたいと思ってプレイしているが、実はゾーンに入った時点で俺たちはすでに勝利しているといっても過言ではない。

ゾーンは入ろうと思って入れるものではないし、ただ勝ちたい、ただ目の前の一戦に全てを賭けているとき、ふと訪れる。 だからこそゾーンに入ることはご褒美のようなものでゾーンに入っただけで、たとえゲームに負けて熱い悔しさが残っても FPS というゲームを確実に俺たちは楽しめているという点で勝利している。

普段全く怒らない人でも怒らせてしまうのがFPS

普段全く怒らずにニコニコしてて周りの人からあの人怒ると怖そう〜と言われているような温厚な人でもFPSに関わった途端に怒りや小さなイライラが引き出されてしまう

例えばこんな場面

  • 味方が勝手に突っ込んで死ぬ、カバーが遅いなど
  • バグ系、ラグ、判定負け、など

まず大きいのが、「自分が直接やられた」という感覚。 多くのゲームではキャラクターが倒されても、どこかワンクッションある。しかしFPSでは、視点そのものが自分であり、撃たれた瞬間はほぼ自分が否定された体験として入ってくる。 しかも、その否定は一瞬。 努力や集中、判断の積み重ねが、ワンミス・ワンショットで即座に結果として突きつけられる。 この即時性が、感情を処理する前に怒りだけを先に噴き出させる。 重要なのは、これは性格の問題ではないという点。 FPSは、

  • 公平であるはず
  • 自分の実力が反映されるはず
  • 正しくやれば報われるはず

という前提をプレイヤーに強く信じさせる。 そしてその前提を、意図的かどうかに関わらず何度も裏切る。 だから、普段は怒らない人でも、FPSでは怒る。 それは「短気になった」のではなく、人として自然な反応を引き出されているだけ。

自責と他責

FPSで負けたあと、頭に最初に浮かぶ言葉で、 その人の思考の癖はほぼ分かる。 「味方が弱かった」 「今のは自分が悪い」 どちらも間違いではない。 FPSでは、実際に味方が原因で負ける試合もあるし、 明確に自分のミスで壊れたラウンドもある。 でも怖いのは、 どちらか一方にしか行けなくなること。

他責に寄り切った瞬間、世界はシンプルになる。

  • 自分は正しい
  • 環境が悪い
  • 味方が足を引っ張った

この思考は、一瞬だけ心を守ってくれる。 自尊心は傷つかないし、納得もしやすい。 でも代償として、 次に変えられるものが一つも残らない。 味方は変えられない。 マッチングも、ラグも、運も変えられない。 残るのは、同じ怒りだけ。

逆に、自責に寄り切るとどうなるか。

  • 自分が下手だった
  • 判断が遅かった
  • あそこで出るべきじゃなかった

これは一見、成長に見える。 実際、FPSは「自責できる人」の方が伸びやすい。 でもここにも落とし穴がある。 自責が行き過ぎると、 世界の難易度を全部、自分一人で背負うことになる。 味方のミスも、ラグも、想定外も、 全部「自分が上手ければ覆せたはずだ」と処理してしまう。 その思考は、静かに心を削る。

FPSが教えてくれるのは、 他責か自責か、どちらが正しいかではなく本当に必要なのは、 「これは自分で変えられるか?」という問いだ

  • ポジション取りは変えられる
  • 撃ち合いの入り方は変えられる
  • 味方の行動は変えられない
  • ラグは変えられない

この切り分けができた瞬間、 感情は不思議と落ち着く。

猛者と呼ばれる人たちは、 感情がないわけでも、冷たいわけでもない。 他責も自責も、 一瞬で使い分けて、捨てているだけ責めることが目的じゃない。 次の一手を決めるために、必要な分だけ引き受けている

だから俺はFPSをやめられない

FPSは、気持ちいいだけのゲームじゃない。 むしろ、理不尽で、ストレスが溜まって、心の弱い部分を正確に突いてくる。 逃げ場もないし、言い訳も効かない。

でも同時に、 最後まで諦めなかった瞬間 限界を超えてゾーンに入った瞬間 感情を整理して、次の一手に集中できた瞬間 それら全部を、これ以上ないほど濃度の高い体験として返してくれる。

FPSは、自分がどういう人間かを隠してくれない。

怒るのか、折れるのか、考え直すのか、 それとも、もう一度立ち上がるのか。ひどい場合にはモニターやコントローラーを壊してしまう奴もいる。 そして毎ラウンド、それを突きつけられる。

だから俺はFPSをやめられん

自分がどう在るかを、ここまで正直に映してくるものを、他に知らないから。

あと銃うつのすきw